聞かなければならない講演を途中で抜け出したことがあります。
理由は、近くにめずらしいポケモンが出たからです(笑)
別の日には、スマートフォンのゲームをしながら歩いていて転び、スマートフォンを壊しました。
2016年。仕事を六つ抱えていた、いい大人の話です。
……ということを、私はすっかり忘れていました。
思い出させてくれたのは、10年前の自分の日記でした。
日記を、AIに読ませてみた
地方都市の市役所で、産業振興の仕事をしています。
以前、15年分の日記をAIに読ませてみた、という話を書きました。
あれが思いのほか面白かったので、今回は年を区切ってみました。
ちょうど10年前、2016年の一年分、350日ほどです。
当時の私は、いまとはまったく違う部署で情報化の担当をしていました。
読み終えて、しばらく黙ってしまいました。
そして、ツッコミが止まらなくなりました。
今回は、10年前の自分の言葉に、いまの自分が横から口を出していく形で書いてみます。
ツッコミ①「六つの仕事を、一人で」
「今持ってる仕事が六つ位あって、これを同時並行で進めてて、基本的に一人で全部作業してて」
役所の窓口をひとつにまとめる仕事、地図情報システムの一元化を庁内に広げる仕事、電子申請、オープンデータの公開、マイナンバー制度。
どれもその年に本格的に動き出したばかりでした。
会議は毎日。資料は前の日の夜。
休みの日に職場へ出ても、終わらない。
いまの私から: 係に人はいたよね?
いたんです。
ただ、あの人は忙しそう、この人には荷が重い、頼んでも結局こっちで直すことになる。
そんな理屈を並べて、全部自分で抱えていました。
「気がつけば、俺が望む形は俺にしか作れない体制になってしまったようだ」
いまの私から: なんでちょっと得意げなの。
これが、いま読んでいちばんきつい一文です(苦笑)
ツッコミ②「頭が回らない。ボキャブラリもない」
もうひとつ、一年を通して何十回も出てくる悩みがあります。
「会議を回せない」です。
私が担当していたのは窓口業務の見直しでした。
でも、私自身は窓口部署の経験がなく、窓口に立ったことがない。
現場を知らない人間が現場のやり方を変えようとしている。
その引け目が、ずっと消えませんでした。
意見を求められても、とっさに答えが出ない。
終わってから、ああ言えばよかったと思いつく。
議事録のために録音を聞き返すと、自分の「あー」「えー」ばかりが耳につく。
「初見だと言ってることを直ちに理解して的確な返答をすることが出来ない。頭が回らない。ボキャブラリもない」
いまの私から: それ、今でもわりと言ってる。
その春、上司が代わりました。
私の資料は赤字だらけで返ってくるようになります。
凹んだ、と書いたすぐあとに、こうありました。
「言われてることは至極真っ当で、俺の配慮不足表現不足の結果だと思い知らされた」
それまでは、資料をここまで細かく見てもらったことがありませんでした。
見てもらえないほうが楽ではあります。
でも、それでは何も伸びない。
いまの私から: そこに気づいたのは、えらい。
ツッコミ③「原稿から一度も目を上げられなかった」
その夏、よその街の勉強会に、講師として呼ばれました。
持ち時間は30分。
何週間もかけて原稿を作りました。
当日は、その原稿から一度も目を上げられませんでした。
前も見られず、姿勢も悪く、アドリブもゼロ。
ところが、終わったあと、何人かの方が名刺を持って来てくださったんです。
「自分のつたない経験や発表が誰かの心に響いたのは嬉しい」
一年分の日記で、いちばん素直に喜んでいる一文がこれでした。
いまの私から: ここは、ツッコまないでおきます。
うまくいかなかったことも含めて外に出すと、受け取ってくれる人がいる。
いまこうして書いたり喋ったりしているのは、たぶんこの日が始まりです。
冒頭の話に戻ります
さて、講演を抜け出した話です。
この年、私は家を建てています。
1月から間取りを考え、夏に着工し、年末にローンを決めました。
人生でいちばん大きな買い物です。
3月には、長く痛めていた膝を手術して、2週間入院しました。
祖父と祖母を続けて見送りました。
下の子は体が弱く、入退院を繰り返していました。
そして夏、ポケモンGOです(笑)
いま読むと笑ってしまうのですが、たぶんあれは逃げ場でした。
仕事も、家も、体も、家族のことも、自分の頑張りではどうにもならないことばかり。
ポケモンGOだけは、歩いた分だけ結果が出たのです。
いまの私から: 講演は聞こう!でも、逃げ場があってよかった。
あれがひとつもなかったら、あの年は保たなかったかもしれません。
10年かけて、やっと分かったこと
以前、「誰かが抜けても回る仕事にしないと、たぶん続かない」と書きました。
当たり前のことを書いたつもりでした。
でも、日記を読んで分かりました。
あれは当たり前の話ではなく、自分が10年かけて失敗した結果だったんです。
ひとりで抱えた仕事は、その年はたしかに回りました。
ただ、私が異動したあと、あのときの取り組みがどれだけ残ったかというと、正直、あまり残っていません。
だから、10年前の自分に言えることはひとつだけです。
8割の出来で人に渡したほうが、10割を自分で抱えるより、ずっと遠くまで行ける。
日記は、読み返さなければただの記録です。
私は15年、ほとんど読み返しませんでした。
読めるようになったので、これからもときどき掘り返して、過去の自分にツッコミを入れていこうと思います。
10年前の自分は、ずいぶん頑張っていました。
頑張り方のほうは、だいぶ間違っていましたけれど。
※いつもはVoicyで収録した放送内容をnote記事にしていますが、今回は書き下ろしです。放送のほうも良ければ、下記リンクから「さじラジ」で検索してみてください。




